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三ヶ日町農協成長の熱き原動力、三ヶ日町農協青年連盟発足!
今年度の三ヶ日町農協アーカイブでは、農協と深い関わりのある組織を紹介していきます。まずは、「農協は我々のものだ」の旗印のもと、農協再建の推進役として雄々しく立ち上がった若者たち、三ヶ日町農協青年連盟(以下、農青連)の歴史を振り返ります。
昭和28年1月、三ヶ日町農協再建のため、県中央会から特別指導員として派遣された原茂吉氏のアドバイスで農青連は発足した。農協再建を若者の力でと結集した盟友が目標にしたのが1億円貯金である。その貯金で有線放送を導入し、地域を繋ぐという原氏の青写真に賛同し、貯蓄の奨励の予備調査、農協理事会の傍聴、農協職員との座談会など発足当初から農青連は精力的に活動を始めた。とくに、巡回映画を企画し、機材をリヤカーに積み、各地区を巡回、「農協を再建しよう、1億円貯金ができれば有線放送ができる」と呼びかけて回ったのは若者らしいアイデアと行動力であった。この巡回映画は好評で、各地区の祭典等で上映希望が増加し、農協および農青連のPRにもおおいに役立った。
こうした行動力は農業にも生かされた。昭和29年、農青連事業としてすぐに取り組んだのがミカン肥料の共同配合であった。計量した何種類かの肥料を細長く積み上げ、両側から2人がスコップで混合、配合した肥料は三輪トラックで農家へ配達、すべてが手作業だった。昭和30年には農青連第1回土壌検査を実施し、調査結果を農協農事部に報告、組織を通して土壌改良の必要性を広く盟友に呼びかけ、意識向上につなげていった。当時の農青連の団結力と行動力が組織活動を強化し、その後の農協の成長の一翼を担ったことは間違いない。
初期の三ヶ日町農協青年連盟旗。農協の頭文字「N」と、青年の頭文字「S」を組み合わせた。旗の色は緑

昭和28年、奥山方広寺で第1回群連夏期研修に参加した盟友達

昭和29年4月18日、中央公民館。昭和28、29年度役員


農青連は飲み青年とも呼ばれ、大いに語り合った

(年表)
農青連の歴史(1952~1955年)
昭和27年12月12日
三ヶ日町農協再建(再建総会共栄座)
昭和28年5月1日
三ヶ日町農協青年連盟結成準備委員会設立
8月8日
三ヶ日町農協定例理事会にて農青連結成が上程承認される
8月10日
三ヶ日町農協青年連盟結成総会
農協ニュース第3号に農青連結成と部落放送の夢掲載
8月16日
郡連夏期講習会参加
9月29日
農協役職員との座談会
10月27日
盟友が農協理事会傍聴
昭和29年
1月15日、16日 全青協結成準備委員会で、旗とバッヂの作成が決められた
2月8日
農協定例理事会にて貯金払出停止全面解除を3月1日と決定
2月11日
農協巡回映画の開始 8日間
4月18日 第2回通常総会
7月10日
農協事業に対する世論調査
10月
視察旅行、肥料共同配合出役
昭和30年
5月5日 第3回通常総会
7月1日 農協、貯蓄推進目標1千万円達成
8月25日 巡回映画開始16日間
8月 土壌検定開始
9月
視察旅行
盟友が生命共済の推進
農業経営研究発表県大会参加
配合肥料推進と協同作業援助
11月20日
農協ニュース特集号「農協生命共済」

昭和30年当時の生命共済パンフレット。農青連組織をあげて推進に取り組んだ